注意して夜もすがら眠らず、剣をひきつけて窺っていると、やがて戸を推してはいって来た物がある。それは一匹の猴で、体は人のように大きかった。剣をぬいて追い払うと、猴はしりごみして立ち去った。
暫くして母屋《おもや》で、主人の哭《な》く声がきこえた。息子は死んだというのである。[#地から1字上げ](独醒雑志)
紅衣の尼僧
唐《とう》の宰相の賈耽《かたん》が朝《ちょう》よりしりぞいて自邸に帰ると、急に上東門の番卒を召して、厳重に言い渡した。
「あしたの午《ひる》ごろ、変った色の人間が門に入ろうとしたら、容赦なく打ち叩け。打ち殺しても差し支えない」
門卒らはかしこまって待っていると、翌日の巳《み》の刻を過ぎて午《うま》の刻になった頃、二人の尼僧が東の方角の百歩ほどの所から歩いて来た。別に変ったこともなく、かれらは相前後して門前に近づいた。見ればかれらは紅白粉《べにおしろい》をつけて、その艶容は娼婦の如くであるのみか、その内服は真っ紅で、下飾りもまた紅かった。
「こんな尼があるものか」と、卒は思った。かれらは棒をもって滅多《めった》打ちに打ち据えると、二人の尼僧は脳を傷つけ、血をな
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