ずほっとして、ふたたび彼に手枷足枷をかけて獄屋のなかに押し込んで置いた。
 夜が明けると、昨夜三更、張府に盗賊が忍び入って財物をぬすみ、府門に「我来也」と書いて行ったという報告があった。
「あぶなくこの裁判を誤まるところであった。彼が白状しないのも無理はない。我来也はほかにあるのだ」と、役人は言った。
 我来也の疑いを受けた賊は、叩きの刑を受けて境外へ追放された。獄卒は我が家へ帰ると、妻が言った。
「ゆうべ夜なかに門を叩く者があるので、あなたが帰ったのかと思って門をあけると、一人の男が、二つの布嚢《ぬのぶくろ》をほうり込んで行きました」
 そのふくろをあけて見ると、みな金銀の器《うつわ》で、賊は張府で盗んだ品を獄卒に贈ったものと知られた。趙尚書は明察の人物であったが、遂に我来也の奸計を覚《さと》らなかったのである。
 獄卒はやがて役を罷《や》めて、ふところ手で一生を安楽に暮らした。その歿後、せがれは家産を守ることが出来ないで全部|蕩尽《とうじん》、そのときに初めてこの秘密を他人に洩らした。[#地から1字上げ](諧史)

   海井

 華亭《かてい》県の市中に小道具屋があった。その店に
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