ないが、決して我来也ではありません。しかし斯《こ》うなったら逃がれる道はないと覚悟していますから、まあ劬《いたわ》っておくんなさい。そこで、わたしは白金そくばくを宝叔塔《ほうしゅくとう》の何階目に隠してありますから、お前さん、取ってお出でなさい」
しかし塔の上には昇り降りの人が多い。そこに金を隠してあるなどは疑わしい。こいつ、おれを担《かつ》ぐのではないかと思っていると、彼はまた言った。
「疑わずに行ってごらんなさい。こちらに何かの仏事があるとかいって、お燈籠に灯を入れて、ひと晩廻り廻っているうちに、うまく取り出して来ればいいのです」
獄卒はその通りにやってみると、果たして金を見いだしたので、大喜びで帰って来て、あくる朝はひそかに酒と肉とを獄内へ差し入れてやった。それから数日の後、彼はまた言った。
「わたしはいろいろの道具を瓶《かめ》に入れて、侍郎橋《じろうきょう》の水のなかに隠してあります」
「だが、あすこは人足《ひとあし》の絶えないところだ。どうも取り出すに困る」と、獄卒は言った。
「それはこうするのです。お前さんの家《うち》の人が竹籃《たけかご》に着物をたくさん詰め込んで行っ
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