そ》れ憚《はばか》らず、夏の日に宮前の廊下に涼んでいて、申《さる》の刻(午後三時―五時)を過ぐるに至った。まだ暗くはならないが、場所が場所であるので、従者は恐れて早く帰ろうと催促したが、呉は平気で動かなかった。
たちまち警蹕《けいひつ》の声が内からきこえて、衛従の者が紅い絹をかけた金籠の燭を執ること数十|対《つい》、そのなかに黄いろい衣服を着けて、帝王の如くに見ゆる男一人、その胸のあたりにはなまなましい血を流していた。そのほかにも随従の者大勢、列を正しく廊下づたいに奥殿へ徐々《しずしず》と練って行った。
呉と従者は急いで戸の内に避けたが、最後の衛士は呉がここに涼んでいて行列の妨げをなしたのを怒ったらしく、その臥榻《がとう》の足をとって倒すと、榻は石※[#「土+專」、第3水準1−15−59]《いしがわら》をうがって地中にめり込んだ。衛士らはそれから他の宮殿へむかったかと思うと、その姿は消えた。
呉もこれを見て大いにおどろいた。その以来、彼は決してこの古御所に寝泊まりなどをしなかった。彼は自分の目撃したところを絵にかいて、大勢の人に示すと、洛陽の識者は評して「これは必ず唐の昭宗《しょ
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