を祭るのではないかとも疑った。
「どうぞお助けください。わたくしのような者でも命は惜しゅうございます」と、かれは泣いて訴えた。
 主人から神のお告げを言い聞かされて、乞食も不思議そうに言った。
「それではお祷《いの》りをして、わたくしからその子細を伺ってみましょう」
 香を焚いて祷ると、やがて神はくだった。
 神は捧げられた紙の上に、左の文字を大きく書いた。
「あなたは碧瀾堂《へきらんどう》の昔を忘れましたか」
 それを見ると、乞食はあっ[#「あっ」に傍点]と気を失ってしまった。家内の人びともおどろいて介抱して、さてその子細を詮議すると、かれは泣いて答えた。
「わたくしも元は相当の金持の家のせがれで、ある娼妓《しょうぎ》と深く言いかわしましたが、両親がとても添わせてくれる筈はないので、女をつれて駈落ちをしました。そのうちに貯えの金はなくなる、女はいつまでも付きまとっている。どうにも仕様がないので、呉興《ごこう》へ行ったときに、碧瀾堂へ遊びに行こうといって連れ出して、酒に酔った勢いで女を水へ突き落して逃げましたが、その後にもやはりよいこともなくて、とうとう乞食の群れに落ちてしまいました。
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