娠中に死亡したので、その亡骸《なきがら》を村内の古廟のうしろに葬った。その後、廟に近い民家の者が草むらのあいだに灯《ひ》の影を見る夜があった。あるときは何処《どこ》かで赤児《あかご》の啼く声を聞くこともあった。
街《まち》に近い餅屋へ毎日餅を買いに来る女があって、彼女は赤児をかかえていた。それが毎日かならず来るので、餅屋の者もすこしく疑って、あるときそっとその跡をつけて行くと、女の姿は廟のあたりで消え失せた。いよいよ不審に思って、その次の日に来た時、なにげなく世間話などをしているうちに、隙《すき》をみて彼女の裾に紅い糸を縫いつけて置いて、帰る時に再びそのあとを付けてゆくと、女は追って来る者のあるのを覚ったらしく、いつの間にか姿を消して、糸は草むらの塚の上にかかっていた。
近所で聞きあわせて、塚のぬしの夫へ知らせてやると、夫をはじめ、一家の者が駈け付けて、試みに塚をほり返すと、赤児は棺のなかに生きていた。女の顔色もなお生けるが如くで、妊娠中の胎児が死後に生み出されたものと判った。
夫の家では妻の亡骸《なきがら》を灰にして、その赤児を養育した。
海中の紅旗
丞相《じょうしょう》(大臣)の趙鼎《ちょうてい》が遠く流されて朱崖《しゅがい》にあるとき、桂林《けいりん》の帥《そつ》が使いをつかわして酒や米を贈らせた。雷《らい》州から船路をゆくこと三日、風力がすこぶる強いので、帆を十分に張って走らせると、洪濤《おおなみ》のあいだに紅い旗のようなものが続いてみえた。
距離が遠いのでよく判《わか》らないが、あるいは海賊か、あるいは異国の兵かと、舟びとを呼んでたずねると、かれらは手をふって、なんにも言うなと制した。見れば、その顔色が甚だおだやかでない。
どうした事かと疑い惑《まど》っていると、舟びとの一人はやがて髪をふり乱して刀を持って、篷《とま》のうしろに出たかと思うと、自分の舌を傷つけてその血を海のなかへしたたらした。
「口を利いてはいけません。眼を瞑《と》じておいでなさい」と、舟びとは注意した。
その通りにしていると、ふた時《とき》ほども過ぎた後に、舟びとらはたちまち喜びの声をあげた。
「御安心なさい。みんな助かりました」
なにが何だかちっとも判らないので、使いは舟びとにその子細《しさい》をただすと、かれらは初めて説明した。
「けさから見たのは鰌魚《ゆう
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