うに逃げ去って、誰もそのゆくえを知ることが出来ませんでした。

   桃林の地妖

 ※[#「門<虫」、第3水準1−93−49]《みん》の王審知《おうしんち》はかつて泉《せん》州の刺史《しし》(州の長官)でありましたが、州の北にある桃林《とうりん》という村に、唐末の光啓《こうけい》年中、一種の不思議が起りました。
 ある夜、一村の土地が激しく震動して、地下で数百の太鼓を鳴らすような響きがきこえましたが、明くる朝になってみると、田の稲は一本もないのです。試みに土をほり返すと、その稲はみな地中に逆《さか》さまに生えていました。
 その年、審知は兄の王潮《おうちょう》と共に乱を起して晋安《しんあん》に勝ち、ことごとく欧※[#「門<虫」、第3水準1−93−49]《おうみん》の地を占有して、みずから※[#「門<虫」、第3水準1−93−49]王と称することになりました。それから伝うること六十年、延義《えんぎ》という人の代に至って、かの桃林の村にむかしの地妖が再び繰り返されました。やはり一村の地下に怪しい太鼓の音がきこえたのです。但しその時はもう刈り入れが終ったのちで、稲の根だけが残っていたのですが
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