だじゅうに長い毛が生えていまして、手をこまぬいて突っ立っているのです。おまえは何者だと訊いても、返事をしません。
「これは海人《かいじん》というものです」と、漁師は言いました。「これが出ると必ず災いがあります。何かの事のないように、いっそ殺してしまいましょう」
「いや、これは神霊の物だ。みだりに殺すのは不吉である」
 姚は彼をゆるして、祈りました。
「お前がわたしのためにたくさんの魚をあたえて、職務を怠るの罪を免かれるようにしてくれれば、まことに神というべきである」
 毛だらけの黒い人間は、退いて水の上をゆくこと数十歩で沈んでしまいました。その明くる日からは例年に倍《ばい》する大漁でした。

   怪獣

 李遇《りぐう》が宣武《せんぶ》の節度使となっている時、その軍政は大将の朱従本《しゅじゅうほん》にまかせて置きました。朱の家には猴《さる》を飼ってありましたが、厩《うまや》の者が夜なかに起きて馬に秣《まぐさ》をやりに行くと、そこに異物を見ました。
 それは驢馬《ろば》のような物で、黒い毛が生えていました。しかも手足は人間のようで、大地に坐ってかの猴を食っているのでした。人の来たのを見
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