きば》をむき出して、はなはだ怖ろしい形相《ぎょうそう》の者どもばかりでした。
 女はこちらの舟へはいって来て言いました。
「この舟にはいい髢《かもじ》がある筈だから、見せてもらいたい」
 こちらは慌てているので、髢などはどうしたか忘れてしまって、舟にあるだけの物はみな捨てましたと答えると、女は頭《かしら》をふりました。
「いや、舟のうしろの壁ぎわに掛けてある箱のなかに入れてある筈だ」
 探してみると、果たしてその通りでした。舟には食料の乾肉《ほしにく》が貯えてありましたので、女はそれを取って従卒らに食わせましたが、かれらの手はみな鳥の爪のように見えました。
 女は髢を取って元の舟へ乗り移ると、人も舟もやがて波間に隠れてしまいました。波も風もいつか鎮まって、舟は安らかに目的地の岸へ着きました。

   海人

 東《とう》州、静海《せいかい》軍の姚氏《ちょうし》がその部下と共に、海の魚を捕って年々の貢物《みつぎもの》にしていました。
 ある時、日もやがて暮れかかるのに、一向に魚が捕れないので、困ったものだと思っていると、たちまち網にかかった物がありました。それは一個の真っ黒な人間で、から
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