じ》の居間であった。
 三娘子は諸客に対する待遇すこぶる厚く、夜ふけになって酒をすすめたので、人びとも喜んで飲んだ。しかし趙は元来酒を飲まないので、余り多くは語らず笑わず、行儀よく控えていると、夜の二更(午後九時―十一時)ごろに人びとはみな酔い疲れて眠りに就いた。三娘子も居間へかえって、扉を閉じて灯を消した。
 諸客はみな熟睡しているが、趙ひとりは眠られないので、幾たびか寝返りをしているうちに、ふと耳に付いたのは主婦の居間で何かごそごそいう音であった。それは生きている物が動くように聞えたので、趙は起きかえって隙間から窺うと、あるじの三娘子は或るうつわを取り出して、それを蝋燭の火に照らし視た。さらに手箱のうちから一具の鋤鍬《すきくわ》と、一頭の木牛《ぼくぎゅう》と、一個の木人《ぼくじん》とを取り出した。牛も人も六、七寸ぐらいの木彫り細工である。それらを竈《かまど》の前に置いて水をふくんで吹きかけると、木人は木馬を牽き、鋤鍬をもって牀《ゆか》の前の狭い地面を耕し始めた。
 三娘子はさらにまた、ひと袋の蕎麦《そば》の種子《たね》を取り出して木人にあたえると、彼はそれを播《ま》いた。すると、そ
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