かすみと消え失せたかと思ったが、はは、此処《ここ》にいたのか」
 かれは虎の群れに指図して、笛師を取らせようとしたが、樹が高いので飛び付くことが出来ない。かれも幾たびか身を跳らせたが、やはり目的を達しなかった。かれらもとうとう思い切って立ち去ると、やがて夜もあけて往来の人も通りかかったので、笛師は無事に樹から離れた。[#地から1字上げ](広異記)

   担生

 昔、ある書生が路で小さい蛇に出逢った。持ち帰って養っていると、数月の後にはだんだんに大きくなった。書生はいつもそれを担《にな》いあるいて、かれを担生《たんせい》と呼んでいたが、蛇はいよいよ長大になって、もう担い切れなくなったので、これを范《はん》県の東の大きい沼のなかへ放してやった。
 それから四十余年の月日は過ぎた。かの蛇は舟をくつがえすような大蛇《だいじゃ》となって、土地の人びとに沼の主《ぬし》と呼ばれるようになった。迂闊に沼に入る者は、かならず彼に呑まれてしまった。一方の書生は年すでに老いて他国にあり、何かの旅であたかもこの沼のほとりを通りかかると、土地の者が彼に注意した。
「この沼には大蛇が棲んでいて人を食いますから
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