糸+侯」、第4水準2−84−44]子《かなんこうし》県の仙鶴観《せんかくかん》には常に七十余人の道士が住んでいた。いずれも専ら修道を怠らない人びとで、未熟の者はここに入ることが出来なかった。
 ここに修業の道士は、毎年九月三日の夜をもって、一人は登仙《とうせん》することを得るという旧例があった。
 夜が明ければ、その姓名をしるして届け出るのである。勿論、誰が登仙し得るか判らないので、毎年その夜になると、すべての道士らはみな戸を閉じず、思い思いに独り歩きをして、天の迎いを待つのであった。
 張竭忠《ちょうけっちゅう》がここの県令となった時、その事あるを信じなかった。そこで、九月三日の夜二人の勇者に命じて、武器をたずさえて窺わせると、宵のあいだは何事もなかったが、夜も三更《さんこう》に至る頃、一匹の黒い虎が寺内へ入《い》り来たって、一人の道士をくわえて出た。それと見て二人は矢を射かけたが中《あた》らなかった。しかも虎は道士を捨てて走り去った。
 夜が明けて調べると、昨夜は誰も仙人になった者はなかった。二人はそれを張に報告すると、張は更に府に申し立てて、弓矢の人数をあつめ、仙鶴観に近い太子陵
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