れがまた、見るみるうちに生長して花を着け、実を結んだ。木人はそれを刈って践《ふ》んで、たちまちに七、八升の蕎麦粉を製した。彼女はさらに小さい臼《うす》を持ち出すと、木人はそれを搗《つ》いて麺を作った。それが済むと、彼女は木人らを元の箱に収め、麺をもって焼餅《しょうべい》数枚を作った。
 暫くして※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]《とり》の声がきこえると、諸客は起きた。三娘子はさきに起きて灯をともし、かの焼餅を客にすすめて朝の点心《てんしん》とした。しかし趙はなんだか不安心であるので、何も食わずに早々出発した。彼はいったん表へ出て、また引っ返して戸の隙から窺うと、他の客は焼餅を食い終らないうちに、一度に地を蹴っていなないた。かれらはみな変じて驢馬となったのである。三娘子はその驢馬を駆って家のうしろへ追い込み、かれらの路銀《ろぎん》や荷物をことごとく巻き上げてしまった。
 趙はそれを見ておどろいたが、誰にも秘して洩らさなかった。それからひと月あまりの後、彼は都からかえる途中、再びこの板橋店へさしかかったが、彼はここへ着く前に、あらかじめ蕎麦粉の焼餅を作らせた。その大きさは前に見たと同様である。そこで、なにげなく店に着くと、三娘子は相変らず彼を歓待した。
 その晩は他に相客がなかったので、主婦はいよいよ彼を丁寧に取扱った。夜がふけてから何か御用はないかとたずねたので、趙は言った。
「あしたの朝出発のときに、点心《てんしん》を頼みます……」
「はい、はい。間違いなく……。どうぞごゆるりとおやすみください」
 こう言って、彼女は去った。
 夜なかに趙はそっと窺うと、彼女は先夜と同じことを繰り返していた。夜があけると、彼女は果物と、焼餅数枚を皿に盛って持ち出した。それから何かを取りに行った隙をみて、趙は自分の用意して来た焼餅一枚を取り出して、皿にある焼餅一枚と掏《す》り換えて置いた。そうして、三娘子を油断させるために、自分の焼餅を食って見せたのである。
 いざ出発というときに、彼は三娘子に言った。
「実はわたしも焼餅を持っています。一つたべて見ませんか」
 取り出したのはさきに掏りかえて置いた三娘子の餅である。
 彼女は礼をいって口に入れると、忽ちにいなないて驢馬に変じた。それはなかなか壮健な馬であるので、趙はそれに乗って出た。ついでにかの木人と木牛も取って来たが、その
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