の東にある石穴のなかを猟《あさ》ると、ここに幾匹の虎を獲た。穴の奥には道士の衣冠や金簡のたぐい、人の毛髪や骨のたぐいがたくさんに残っていた。これがすなわち毎年仙人になったという道士の身の果てであった。
 その以来、仙鶴観に住む道士も次第に絶えて、今は陵を守る役人らの住居となっている。[#地から1字上げ](博異記)

   蒋武

 唐の宝暦《ほうれき》年中、循州河源《じゅんしゅうかげん》に蒋武《しょうぶ》という男があった。骨格たくましく、豪胆剛勇の生まれで、山中の巌窟に独居して、狩猟に日を送っていた。彼は蹶張《けっちょう》を得意とし、熊や虎や豹《ひょう》が、その弦音《つるおと》に応じて斃《たお》れた。蹶張というのは片足で弓を踏ん張って射るのである。その鏃《やじり》をあらためると、皆その獣の心《むね》をつらぬいていた。
 ある時、甚だ忙がしそうに門を叩く者があるので、蒋は扉を隔ててうかがうと、一匹の猩々《しょうじょう》が白い象にまたがっていた。蒋は猩々がよく人の言葉を語ることを知っているので、内から訊《き》いた。
「象と一緒に来たのはどういうわけだ」
「象に危難が逼《せま》って居ります。わたくしに人間の話が出来るというので、わたくしを乗せてお願いに出たのでございます」と、猩々は答えた。
「その危難のわけを言え」と、蒋はまた訊いた。
「この山の南二百余里のところに、天にそびゆる大きい巌穴《いわあな》がございます」と、猩々は言った。「そのなかに長さ数百尺の巴蛇《うわばみ》が棲んで居ります。その眼はいなずまのごとく、その牙《きば》はつるぎの如くで、そこを通る象の一類はみな呑まれたり噬《か》まれたりします。その難に遭うもの幾百、もはや逃げ隠れるすべもありません。あなたが弓矢を善くするのを存じて居りますので、どうぞ毒矢をもってかれを射殺して、われわれの患《うれ》いを除いて下されば、かならず御恩報じをいたします」
 象もまた地にひざまずいて、涙を雨のごとくに流した。
「御承知ならば、矢をたずさえてお乗り下さい」と、猩々はうながした。
 蒋は矢に毒を塗って、象の背にまたがった。行けば果たして巌の下に二つの眼が輝いて、その光りは数百歩を射るのであった。
「あれが蛇の眼です」と、猩々は教えた。
 それを見て、蒋も怒った。彼は得意の蹶張をこころみて、ひと矢で蛇の眼を射ると、象は彼を乗せた
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