矢がその幹に立っていたので、いわゆる柳将軍の正体はこれであることが判った。それから一年あまりの後に家屋の手入れをすると、家根《やね》瓦の下から長さ一丈ほどの瓢を発見した。その瓢にもひと筋の矢が透っていた。

   黄衣婦人

 唐の柳宗元《りゅうそうげん》先生が永州《えいしゅう》の司馬《しば》に左遷される途中、荊門《けいもん》を通過して駅舎に宿ると、その夜の夢に黄衣の一婦人があらわれた。彼女は再拝して泣いて訴えた。
「わたくしは楚水《そすい》の者でございますが、思わぬ禍いに逢いまして、命も朝夕《ちょうせき》に迫って居ります。あなたでなければお救い下さることは叶いません。もしお救い下されば、長く御恩を感謝するばかりでなく、あなたの御運をひるがえして、大臣にでも大将にでも御出世の出来るように致します」
 先生も無論に承知したが、夢が醒めてから、さてその心あたりがないので、ついそのままにしてまた眠ると、かの婦人は再びその枕元にあらわれて、おなじことを繰り返して頼んで去った。
 夜が明けかかると、土地の役人が来て、荊州の帥《そつ》があなたを御招待して朝飯をさしあげたいと言った。先生はそれにも承
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