か。気をつけてくれ。それを見付けられたら大変だぞ。韓の家の子供にはまだ名がないのか」
「まだ名を付けないのだ。名が決まれば、すぐに名簿に記入して置く」
「あしたの晩もまた来いよ」
「むむ」
こんな問答の末に、黒い人は再び馬に乗って立ち去った。それを見とどけて、厩の者は主人に密告したので、韓は肉をあたえるふうをよそおって、すぐにかの黒犬を縛りあげた。それから砧石の下をほり返すと、果たして一軸《いちじく》の書が発見されて、それには韓の家族は勿論、奉公人どもの姓名までが残らず記入されていた。ただ、韓の子は生まれてからひと月に足らないので、まだその字《あざな》を決めていないために、そのなかにも書き漏らされていた。
一体それがなんの目的であるかは判らなかったが、ともかくもこんな妖物をそのままにして置くわけにはゆかないので、韓はその犬を庭さきへ牽《ひ》き出させて撲殺《ぼくさつ》した。奉公人どもはその肉を煮て食ったが、別に異状もなかった。
韓はさらに近隣の者を大勢駆り集めて、弓矢その他の得物《えもの》をたずさえてかの墓を発《あば》かせると、墓の奥から五、六匹の犬があらわれた。かれらは片端からみ
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