ばらく啜《すす》り泣きをしていたが、やがて涙を呑んで答えた。
「因果《いんが》応報という仏氏の教えを今という今、あきらかに覚りました。わたくしの若いときは放蕩無頼《ほうとうぶらい》の上に貧乏でもありましたので、近所の人びとの財物を奪い取った事もしばしばあります。馬に乗り、弓矢をたずさえ、大道《だいどう》を往来して旅びとをおびやかしたこともあります。そのうちに或る日のこと、一人の少年が二つの大きい嚢《ふくろ》を馬に載せて来るのに逢いました。あたかも日が暮れかかって、左右は断崖絶壁のところであるので、わたくしはかの少年を崖から突き落して、馬も嚢も奪い取りました。家へ帰って調べると、嚢のなかには綾絹《あやぎぬ》が百余|反《たん》もはいっていましたので、わたくしは思わぬ金儲けをいたしました。それを機会に悪行《あくぎょう》をやめ、門を閉じて読書に努めたお蔭で、まず今日《こんにち》の身の上になりましたが、数えてみるとそれはもう二十七年の昔になります。昨夜お召しに因って王君の前に出ますと、その顔容《かおかたち》が二十七年前に殺したかの少年をその儘《まま》であるので、わたくしも実におどろきました。王君
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