ままに誘われてゆくと、西のかた五、六里のところに果たして密林があって、大勢の僧が水のなかを泳ぎまわっていた。
「これは玄陰池《げんいんち》といい、わが徒はここに水浴して暑気を凌ぐのでござる」
僧はこう説明して、彼を案内した。石はそのあとに付いて池のまわりをめぐっているうちに、ふと気の付いたのは大勢の僧の顔がみな一様で、どの人の眼鼻も少しも異《ことな》っていないことであった。やがて日が暮れかかると、僧はまた言った。
「お聴きなされ、衆僧がこれから梵音《ぼんおん》を唱え始めます」
石は池のほとりに立って耳をかたむけていると、たちまちに水中の僧らが一斉に声をそろえて、なにか判《わか》らない梵音を唱え出した。その声が甚だ騒々しいと思っていると、一人の僧が水中から手を出して彼を引いた。
「あなたも試しにはいって御覧《ごらん》なされ。決して怖いことはござらぬ」
引かるるままに彼は池にはいっていると、その水の冷たいこと氷のごとく、思わずぞっと身ぶるいすると共に、半日の夢は醒めた。彼はやはり元の大樹の下に眠っていたのである。しかしその衣服はびしょ湿《ぬ》れになっていて、からだには悪寒《さむけ》がするので、彼は早々にそこを立ち去って、近所の村びとの家に一夜を明かした。
翌日は気分も快《よ》くなったので、きのうの通りにあるき出すと、路ばたに蛙《かわず》の鳴く声がそうぞうしくきこえた。それがかの僧らのいわゆる梵音に甚だ似ているので、彼は俄かに思い当ることがあった。夢のうちの記憶をたどりながら、五、六里ほども西の方角へたずねて行くと、そこには深い森もあり、大きい池もあった。池のなかにはたくさんの蛙が浮かんでいた。
「坊主の正体はこれであったか」
彼はその蛙を片端から殺し尽くした。
鼠の群れ
洛陽《らくよう》に李氏《りし》の家があった。代々の家訓で、生き物を殺さないことになっているので、大きい家に一匹の猫をも飼わなかった。鼠を殺すのを忌《い》むが故である。
唐の宝応《ほうおう》年中、李の家で親友を大勢よびあつめて、広間で飯を食うことになった。一同が着席したときに、門外に不思議のことが起ったと、奉公人らが知らせて来た。
「何百匹という鼠の群れが門の外にあつまって、なにか嬉しそうに前足をあげて叩いて居ります」
「それは不思議だ。見て来よう」
主人も客も珍しがってどやどや
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