どろき懼《おそ》れて、臂の鷹をすてて拝礼し、その上にこう言った。
「わたくしも死を覚悟しました。しかしちっとのあいだ猶予して、わたくしに一杯飲ませてください」
 あなた方にも飲ませるからと言って、無理に勧《すす》めてそこらの店屋へ案内したが、二人は鼻を掩《おお》うてはいらない。さらに杜《と》という相当の料理屋へ連れ込んだが、二人のすがたは他人に見えず、和子が独りで何か話しているので、気でも違ったのではないかと怪しまれた。彼は九碗の酒を注文して、自分が三碗を飲み、余の六碗を西の座に据えて、なんとか助けてもらう方便はあるまいかと頼んだ。
 二人は顔をみあわせた。
「われわれも一酔の恩を受けたのであるから、なんとか取り計らうことにしましょう。では、ちょっと行って来るから待っていて下さい」
 出て行ったかと思うと、二人は又すぐに帰って来た。
「君が四十万の銭《ぜに》をわきまえるならば、三年の命を仮《か》すことにしましょう」
 和子は承諾して、あしたの午《うま》の刻までにその銭を調えることに約束した。二人は酒の代を払った上に、その酒を和子に返した。で、彼は試みに飲んでみると、その味は水のごとくで
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