の札《ふだ》である。それが忽ちに地に積もって、韋の膝を埋めるほどに高くなったので、彼はいよいよ驚き恐れた。
「どうぞ助けてください」
彼は弓矢をなげ捨てて、空にむかって拝すること数十回に及ぶと、電光はようやく遠ざかって、風も雷もまたやんだ。まずほっとして見まわすと、大樹の枝も幹も折れているばかりか、自分の馬も荷物もどこへか消え失せてしまったのである。
こうなると、もう進んでゆく勇気はないので、早々にもと来た道を引っ返したが、今度は徒《かち》あるきであるから捗《はか》どらず、元の宿まで帰り着いた頃には夜が明けて、かの老人は店さきで桶の箍《たが》をはめていた。まさに尋常の人ではないと見て、韋は丁寧に拝して昨夜の無礼を詫びると、老人は笑いながら言った。
「弓矢を恃《たの》むのはお止しなさい。弓矢は剣術にかないませんよ」
彼は韋を案内して、宿舎のうしろへ連れてゆくと、そこには荷物を乗せた馬が繋いであった。
「これはあなたの馬ですから、遠慮なしに牽《ひ》いておいでなさい。唯《ただ》ちっとばかりあなたを試して見たのです。いや、もう一つお目にかける物がある」
老人はさらに桶の板一枚を出してみ
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