外から窺っていると、一人の少女が甕の中から出て、竈《かまど》の下に火を焚きはじめた。彼は直ぐに家へはいって甕のなかをあらためると、かの法螺貝は見えなくて、竈の下の女を見るばかりであった。
「おまえさんはどこから来て、焚き物をしていなさるのだ」と、彼は訊いた。
 女は大いに慌てたが、今さら甕のなかへ帰ろうにも帰られないので、正直に答えた。
「わたしは天漢《てんかん》の白水素女《はくすいそじょ》です。天帝はあなたが早く孤児《みなしご》になって、しかも恭謹の徳を守っているのをあわれんで、仮りにわたしに命じて、家を守り、煮焚きのわざを勤めさせていたのです。十年のうちにはあなたを富ませ、相当の妻を得るようにして、わたしは帰るつもりであったのですが、あなたはひそかに窺ってわたしの形を見付けてしまいました。もうこうなっては此処《ここ》にとどまることは出来ません。あなたはこの後も耕し、漁《すなど》りの業《わざ》をして、世を渡るようになさるがよろしい。この法螺貝を残して行きますから、これに米穀《べいこく》をたくわえて置けば、いつでも乏《とぼ》しくなるような事はありません」
 それと知って、彼はしきりにと
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