かった。初めて家を持った時には、いまだ定まる妻がないので、となりの人も気の毒に思って、然るべき妻を探してやろうと心がけていたが、相当の者も見付からなかった。
彼は早く起き、遅く寝て、耕作に怠りなく働いていると、あるとき村内で大きい法螺貝《ほらがい》を見つけた。三升入りの壺ほどの大きい物である。めずらしいと思って持ち帰って、それを甕《かめ》のなかに入れて置いた。その後、彼はいつもの如くに早く出て、夕過ぎに帰ってみると、留守のあいだに飯や湯の支度がすっかり出来ているのである。おそらく隣りの人の親切であろうと、数日の後に礼を言いに行くと、となりの人は答えた。
「わたしは何もしてあげた覚えはない。おまえはなんで礼をいうのだ」
謝端にも判《わか》らなくなった。しかも一度や二度のことではないので、彼はさらに聞きただすと、隣りの人はまた笑った。
「おまえはもう女房をもらって、家のなかに隠してあるではないか。自分の女房に煮焚《にた》きをさせて置きながら、わたしにかれこれ言うことがあるものか」
彼は黙って考えたが、何分にも理屈が呑み込めなかった。次の日は早朝から家を出て、また引っ返して籬《かき》の
前へ
次へ
全33ページ中27ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング