が、老人も小児も見るからに楽しそうな顔色であった。かれらは黄を見て、ひどく驚いた様子で、おまえは何処《どこ》の人でどうして来たかと集まって訊くので、黄は正直に答えると、かれらは黄を一軒の大きい家へ案内して、※[#「鷄」の「鳥」に代えて「隹」、第3水準1−93−66]を調理し、酒をすすめて饗応した。それを聞き伝えて、一村の者がみな打ち寄って来た。
かれら自身の説明によると、その祖先が秦《しん》の暴政を避くるがために、妻子|眷族《けんぞく》をたずさえ、村人を伴って、この人跡《じんせき》絶えたるところへ隠れ住むことになったのである。その以来再び世間に出ようともせず、子々孫々ここに平和の歳月《としつき》を送っているので、世間のことはなんにも知らない。秦のほろびた事も知らない。漢《かん》の興《おこ》ったことも知らない。その漢がまた衰えて、魏《ぎ》となり、晋《しん》となったことも知らない。黄が一々それを説明して聞かせると、いずれもその変遷に驚いているらしかった。
黄はそれからそれへと他の家にも案内されて、五、六日のあいだは種々の饗応を受けていたが、あまりに帰りがおくれては家内の者が心配するであろうと思ったので、別れを告げて帰って来た。その帰り路のところどころに目標《めじるし》をつけて置いて、黄は郡城にその次第を届けて出ると、時の太守|劉韻《りゅういん》は彼に人を添えて再び探査につかわしたが、目標はなんの役にも立たず、結局その桃林を尋ね当てることが出来なかった。
離魂病
宋《そう》のとき、なにがしという男がその妻と共に眠った。夜があけて、妻が起きて出た後に、夫もまた起きて出た。
やがて妻が戻って来ると、夫は衾《よぎ》のうちに眠っているのであった。自分の出たあとに夫の出たことを知らないので、妻は別に怪しみもせずにいると、やがて奴僕《しもべ》が来て、旦那様が鏡をくれと仰《おっ》しゃりますと言った。
「ふざけてはいけない。旦那はここに寝ているではないか」と、妻は笑った。
「いえ、旦那様はあちらにおいでになります」
奴僕も不思議そうに覗いてみると、主人はたしかに衾を被《き》て寝ているので、彼は顔色をかえて駈け出した。その報告に、夫も怪しんで来てみると、果たして寝床の上には自分と寸分違わない男が安らかに眠っているのであった。
「騒いではならない。静かにしろ」
夫は近寄って手をさしのべ、衾の上からしずかにかの男を撫《な》でていると、その形は次第に薄く且《か》つ消えてしまった。
夫婦も奴僕も言い知れない恐怖に囚《とら》われていると、それから間もなく、その夫は一種の病いにかかって、物の理屈も判らないようなぼんやりした人間になった。
狐の手帳
呉《ご》郡の顧旃《こせん》が猟《かり》に出て、一つの高い岡にのぼると、どこかで突然に人の声がきこえた。
「ああ、ことしは駄目だ」
こんなところに誰か忍んでいるのかと怪しんで、彼は連れの者どもと共にそこらを探してあるくと、岡の上に一つの穽《あな》があって、それは古塚の頽《くず》れたものであるらしかった。
その穽の中には一匹の古狐が坐って、何かの一巻を読んでいたので、すぐに猟犬を放してそれを咬み殺させた。それから狐の読んでいたものを検《あらた》めると、それには大勢の女の名を書きならべて、ある者には朱で鈎《かぎ》を引いてあった。察するに、妖狐が種々に形を変じて、容貌《きりょう》のいい女子《おなご》を犯していたもので、朱の鈎を引いてあるのは、すでにその目的を達したものであろう。
女の名は百余人の多きにのぼって、顧旃のむすめの名もそのうちに記《しる》されていたが、幸いにまだ朱を引いていなかった。
雷を罵る
呉興《ごこう》の章苟《しょうこう》という男が五月の頃に田を耕しに出た。かれは真菰《まこも》に餅をつつんで来て、毎夕の食い物にしていたが、それがしばしば紛失するので、あるときそっと窺っていると、一匹の大きい蛇が忍び寄って偸《ぬす》み食らうのであった。彼は大いに怒って、長柄の鎌をもって切り付けると、蛇は傷ついて走った。
彼はなおも追ってゆくと、ある坂の下に穴があって、蛇はそこへ逃げ込んだ。おのれどうしてくれようかと思案していると、穴のなかでは泣き声がきこえた。
「あいつがおれを切りゃあがった」
「あいつどうしてやろう」
「かみなりに頼んで撃ち殺させようか」
そんな相談をしているかと思うと、たちまちに空が暗くなって、彼のあたまの上に雷《らい》の音が近づいて来た。しかも彼は頑強の男であるので、跳《おど》りあがって大いに罵《ののし》った。
「天がおれを貧乏な人間にこしらえたから、よんどころなしに毎日あくせくと働いているのだ。その命の綱の食い物をぬすむような奴を、切ったのがどうした
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