ると、母は怪訝《けげん》な顔をした。
「お父《とっ》さんは家《うち》にいるが……。まあ、ともかくも訊いてみよう」
 訊かれて父はおどろいた。自分はさっきから家にいたのであるから、田や畑へ出て行って息子たちを叱ったり殴ったりする筈がない。それは何かの妖怪がおれの姿に化けて行ったに相違ないから、今度来たらば斬り殺せと言い付けたので、兄弟もそのつもりで刃物を用意して行った。
 こうして息子らを出してやったものの、父もなんだか不安であるので、やがて後から様子を見とどけに出てゆくと、兄弟はその姿を見て刃物を把《と》り直した。
「化け物め、また来たか」
 父は言い訳をする間もなしに斬り殺されてしまった。兄弟はその正体を見極めもせずに、そこらの土のなかに埋めて帰ると、家には父がかれらの帰るのを待っていた。
「化け物めを退治して、まずまずめでたい」と、父も息子らもみな喜んだ。化け物が父に変じていることを兄弟は覚《さと》らなかった。
 幾年か過ぎた後、ひとりの法師がその家に来て兄弟に注意した。
「おまえ達のお父《とっ》さんには怖ろしい邪気が見えますぞ」
 それを聞いて、父は大いに怒って、そんな奴は早速|
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