来たが、十年目には適当の少女を見つけ出すのに苦しんでいると、将楽《しょうらく》県の李誕《りたん》という者の家には男の子が一人もなくて、女の子ばかりが六人ともにつつがなく成長し、末子《ばっし》の名を寄《き》といった。寄は募りに応じて、ことしの生贄に立とうと言い出したが、父母は承知しなかった。
「しかしここの家《うち》には男の子が一人もありません。厄介者の女ばかりです」と、寄は言った。「わたし達は親の厄介になっているばかりで何の役にも立ちませんから、いっそ自分のからだを生贄にして、そのお金であなた方を少しでも楽にさせて上げるのが、せめてもの孝行というものです」
それでも親たちはまだ承知しなかったが、しいて止めればひそかにぬけ出して行きそうな気色《けしき》であるので、親たちも遂に泣く泣くそれを許すことになった。そこで、寄は一口《ひとふり》のよい剣と一匹の蛇喰い犬とを用意して、いよいよ生贄にささげられた。
大蛇の穴の前には古い廟があるので、寄は剣をふところにして廟のなかに坐っていた。蛇を喰う犬はそのそばに控えていた。彼女はあらかじめ数石《すうこく》の米を炊《かし》いで、それに蜜をかけて穴の口に供えて置くと、蛇はその匂いをかぎ付けて大きい頭《かしら》を出した。その眼は二尺の鏡の如くであった。蛇はまずその米を喰いはじめたのを見すまして、寄はかの犬を嗾《け》しかけると、犬はまっさきに飛びかかって蛇を噛んだ。彼女もそのあとから剣をふるって蛇を斬った。
さすがの大蛇も犬に噛まれ、剣に傷つけられて、数カ所の痛手に堪《た》まり得ず、穴から這い出して蜿打《のたう》ちまわって死んだ。穴へはいってあらためると、奥には九人の少女の髑髏《どくろ》が転がっていた。
「お前さん達は弱いから、おめおめと蛇の生贄になってしまったのだ。可哀そうに……」と、彼女は言った。
越《えつ》の王はそれを聞いて、寄を聘《へい》して夫人とした。その父は将楽県の県令に挙げられ、母や姉たちにも褒美を賜わった。その以来、この地方に妖蛇の患《うれ》いは絶えて、少女が蛇退治の顛末《てんまつ》を伝えた歌謡だけが今も残っている。
鹿の足
陳《ちん》郡の謝鯤《しゃこん》は病いによって官を罷《や》めて、予章《よしょう》に引き籠っていたが、あるとき旅行して空き家に一泊した。この家には妖怪があって、しばしば人を殺すと伝えら
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