兵衛の顔には抑え切れない喜びの色がかがやいていた。
二
近江屋七兵衛がよろこぶのも無理はなかった。彼はこの木曾の奈良井の宿で、一旦失った手のうちの珠《たま》を偶然に発見したのである。
七兵衛は四谷の忍町に五代つづきの質屋を営んでいて、女房お此《この》と番頭庄右衛門のほかに、手代三人、小僧二人、女中二人、仲働き一人の十一人家内で、おもに近所の旗本や御家人《ごけにん》を得意にして、手堅い商売をしていた。ほかに地所|家作《かさく》なども持っていて、町内でも物持ちの一人にかぞえられ、何の不足もない身の上であったが、ただひとつの不足――というよりも、一つの大きい悲しみは娘お元のゆくえ不明の一件であった。
今から十一年前、寛政四年の暮春のゆうがたに、ことし七つのひとり娘お元が突然そのゆくえを晦《くら》ました。最初は表へ出て遊んでいるものと思って、誰も気に留めずにいたのであるが、夕飯頃になっても戻らないばかりか、近所にもその姿が見えないというので、家内は俄にさわぎ出した。七兵衛夫婦は気ちがいのようになって、それぞれに手分けをして探させたが、お元のゆくえは遂にわからなかった。
こ
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