かけた。
「もし、おじいさん。その子はおまえの娘かえ、孫かえ。」
「いえ……。」と、毛皮売の男はあいまいに答えた。
「おまえの身寄りじゃあないのかえ。」と、七兵衛はまた訊いた。
「はい。」
 七兵衛は無言で娘を招くと、娘はすこし躊躇しながら、その人が腰をかけている床几《しょうぎ》の前に進み寄った。七兵衛はやはり無言で、娘の右の耳の下にある一つの黒子《ほくろ》を見つめながら、探るようにまた訊いた。
「おまえの左の二の腕に小さい青い痣《あざ》がありはしないかね。」
 娘は意外の問いを受けたように相手の顔をみあげた。
「あるかえ。」と、七兵衛は少しせいた。
「はい。」と、娘は小声で答えた。
「店のさきじゃあ話は出来ない。」と、七兵衛は立ちあがった。「ちょいと奥へ来てくれ。おじいさん、おまえも来てくれ。」
 その様子がただならず見えたので、男も娘もまた躊躇していたが、七兵衛にせき立てられて不安らしく続いて行った。娘はよろめいて店の柱に突き当った。
「旦那はどうしたのでしょうな。」と、義助も不安らしく三人のうしろ姿をながめていた。
「さあ。」
 梅次郎も不思議そうに考えていたが、俄に思い当ったよ
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