そんなことには慣れているらしい男は、やはりにやにやと笑っていた。
「それじゃあ仕方がない。熊の皮が御不用ならば、熊の胆《い》を買ってください。これは薬だから、どなたにもお役に立ちます。道中の邪魔にもならない。どうぞ買ってください。」
「道中でうっかり熊の胆などを買うと、偽物をつかまされるということだ。そんな物もまあ御免だ。」と、義助はまた断った。
「偽物を売るような私じゃあない。そこはここの婆さんも証人だ。まあ、見てください。」
 男はうしろを見かえると、桜のかげからまたひとりが出て来た。それは年ごろ十七八の色白の娘で、手には小さい箱のようなものを抱えていた。身なりはもちろん粗末であったが、その顔立ちといい姿といい、この毛皮売の老人の道連れにはなにぶん不似合いに見えたので、三人の眼は一度にかれの上にそそがれた。
「江戸のお客さまを相手にするには、おれよりもお前のほうがいいようだ。」と、男は笑った。
「さあ、おまえからお願い申せよ。」
 娘は恥かしそうに笑いながら進み出た。
「今も申す通り、偽物などを売るような私らではございません。そんなことをしましたら、福島のお代官所で縛られます。安心
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