るから、もうちっと落ちついていてくれ。私のほうでも自分の暖簾にかかわることだから、決してこれを表沙汰にして、おまえを騙《かた》りの罪に落すようなことはしない。まあ安心して待っていてくれ。」
夫婦からいろいろに説得されて、お元もおとなしく承知した。
「それでは何分よろしく願います。」
自分の部屋へ立去るお元のうしろ姿を見送って、深い溜息が夫婦の口を洩れた。いかにお此が弱い気になったからといって、すでに偽者の正体があらわれた以上、それをわが子として養って置くことは出来ない。さりとて、その事実をありのままに世間へ発表することも出来ない。しょせんはお元に相当の手切金をあたえて、人知れずにこの家を立ちのかせ、表向きは家出と披露するのが一番無事であるらしい。勿論それも外聞にかかわることではあるが、偽者と知らずに連れ込んだというよりはましである。一旦かどわかされた娘をようよう連れ戻して来たところ、その悪者どもが付けて来て、再びかどわかして行ったのであろうということにすれば、こちらに油断の越度があったにもせよ、世間からは気の毒だと思われないこともない。ともかくも大きな恥をさらさないで済みそうである
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