……。お家《うち》の娘ではございません。」と、お元は声を沈ませて言った。
 夫婦は顔を見あわせた。取分けて七兵衛は自分の耳を疑うほどに驚かされた。
「家の娘ではない……。どうしてそんなことを言うのだ。」
「わたくしは江戸の本所で生れまして、小さい時から両親と一緒に近在の祭や縁日をまわっておりました。お糸というのがやはり私の本名でございます。わたくし共の一座には蛇つかいもおりました。鶏娘という因果物もおりました。わたくしは鼠を使うのでございました。芝居でする金閣寺の雪姫、あの芝居の真似事をいたしまして、わたくしがお姫様の姿で桜の木にくくり付けられて、足の爪先《つまさき》で鼠をかきますと、たくさんの鼠がぞろぞろと出て来て、わたくしの縄を食い切るのでございます。芝居ならばそれだけですが、鼠を使うのが見世物の山ですから、その鼠がわたくしの頭へのぼったり、襟首へはいったり、ふところへ飛び込んだりして、見物にはらはらさせるのを芸当としていたのでございます。」
 お元と鼠との因縁はまずこれで説明された。かれはさらに語りつづけた。
「そうしておりますうちに、江戸ばかりでも面白くないというので、両親はわ
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