外へ忍び寄る者があった。お此ははっとして耳を傾けると、外からそっと呼びかけた。
「おかみさん。お眼ざめですか。」
それはお国の声であったので、お此は安心したように答えた。
「あい。起きています。なにか用かえ。」
「はいってもよろしゅうございますか。」
「おはいり。」
許しを受けて、お国は又そっと障子をあけた。かれは寝まきのままで、蚊帳の外へ這い寄った。
「おかみさん。ちょいとおいで下さいませんか。」
「どこへ行くの。」
「お元さんのお部屋へ……。」
お此は又はっとしたが、一種の好奇心もまじって、これも寝まきのままで蚊帳から抜け出した。お元の部屋は土蔵前の四畳半で、北向きに一間の肱かけ窓が付いていた。その窓の戸を洩れる朝のひかりをたよりに、お此は廊下の障子を細目にあけて窺うと、部屋いっぱいに吊られた蚊帳のなかに、お元は東枕に眠っている。その枕もとに一匹の灰色の小鼠が、あたかもその夢を守るようにうずくまっていた。
「御覧になりましたか。」と、お国は小声で言った。
お此はもう返事が出来なかった。かれは半分夢中でお国の手をつかんで、ふるえる足を踏みしめながら自分の八畳の間へ戻って来ると
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