、長い道中をつづけて来たのであるが、ゆく先々でそれらしい便りも聞かず、望みの綱もだんだんに切れかかって、もう五、六日の後には江戸入りということになった。その木曾街道で測らずも熊の胆を売る娘に出逢ったのである。七つのときに別れたのであるが、その幼な顔が残っている。年ごろも丁度同様である。気をつけて見ると、右の耳の下に証拠の黒子《ほくろ》がある。さらに念のために詮議すると、左の二の腕に青い痣があるという。もう疑うまでもない、この娘はわが子であると、七兵衛は思った。彼は喜んで涙を流した。
 正直な伊平は思いもよらぬ親子のめぐり逢いに驚いて、異議なくかれを実の親に引渡すことになったので、七兵衛は多分の礼金を彼にあたえて別れた。お糸という名は誰に付けられたのか好く判らないが、娘はむかしのお元にかえって、十一年目に再会した父と共に奈良井の宿を立去った。甥の梅次郎も手代の義助も、不思議の対面におどろきながら、これも喜び勇んで付いて行った。
 江戸を出るときには男三人であったこの一行に、若い女ひとりが加わって帰ったのを見た時に、近江屋の家は引っくり返るような騒ぎであった。女房も番頭も嬉し泣きに泣いた。
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