は……。
おいよ お前もまだですか。
お妙 お帰りがあまり遅いので、わたしはお先へ喫《た》べてしまいました。
おいよ (うなずく。)わたしはもう喫べたくもないが……。
お妙 心持でも悪いのですか。
おいよ いいえ。別に……。(考えて。)まあ、兎もかくも一杯たべましょうか。
(おいよは奥に入る。お妙はやはり気味悪るそうに見送りて半信半疑の体《てい》、そっと抜き足をして奥をうかがい、再び庭に降りて砧を打ち始めたるが又すぐに打ちやめ、片手に槌を持ちたるまま又もやそっと縁にあがりて、奥を窺おうとする時、出逢いがしらに障子をあけておいよ出づ。)
お妙 (はっとして後へさがる。)もうお済みになりましたか。
おいよ どうも喫べる気がないので止めました。
お妙 では、やはり何処か悪いのでは……。(おいよの顔を見て。)なんだか顔の色もよくないような。夜風に吹かれて、冷えたのではありませんか。
おいよ 此頃は逢う人ごとに顔の色が悪いと云われるが……。自分では別にどこが悪いとも思いません。冷えると云えばお前こそ、いつまでも庭に出ていて、冷えると悪い。もうだんだんに夜が更けます。好い加減にして内へ這入ったら何
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