そのうちには自然と消えてしまうに決まっている。ちっとの間の辛抱じゃ。ひとが何を言おうとも気にかけるな」
 親方はこう言って、いつも六三郎を励ましていた。六三郎は涙を流してありがたく聴《き》いていた。その弱々しい泣き顔を見ると、親方もいじらしくってならなかった。いくら屈託しても今更仕方がない、ちっと酒でも飲んで見ろなどともいった。
 父の首が梟《さら》されてから十三日目の晩に、六三郎は手拭に顔を包んでそっと福島屋へ訪ねて行った。今の身の上で晴れがましい遊興はできない。彼はお園を格子口まで呼び出して、そのやつれた蒼白い顔を見せた。このあいだから男の身を案じ暮らしていたお園は、薄暗い軒行燈《のきあんどう》の下にしょんぼりと立っている六三郎の寂しい影を見た時に、涙がまず突っ掛けるようにこぼれて来た。
「大坂じゅうに隠れのない噂、わたしは残らず聞きました。それでもお前の身に何の祟《たた》りもなかったのが、せめてもの仕合せというもの。そうして、親方の首尾はどうでござんすえ」
「いつもいう通り、親方は親切な人。いよいよ私《わし》をいとしがってくれる。それにちっとも苦労はない」
 そう言いながらも、し
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