かされた。
 今から三百年ほどの昔であろう。清《しん》の太祖が遼東一帯の地を斬り従えて、瀋陽《しんよう》――今の奉天――に都を建てた当時のことである。かずある侍妾《じしょう》のうちに姜氏《きょうし》といううるわしい女があって、特に太祖の恩寵を蒙っていたので、それを妬《ねた》むものが彼女に不貞のおこないがあると言い触らした。その相手は太祖の近臣で楊という美少年であった。それが太祖の耳に入って、姜氏と楊とは残酷な拷問をうけた。妬む者の讒言《ざんげん》か、それとも本当に覚えのあることか、その噂《うわさ》はまちまちでいずれとも決定しなかったが、ともかくも二人は有罪と決められて、楊は死罪に行なわれた。姜氏は大雪のふる夕、赤裸にして手足を縛られて、生きながらに渾河《こんが》の流れへ投げ込まれた。
 この悲惨な出来事があって以来、大雪のふる夜には、妖麗な白い女の姿が吹雪の中へまぼろしのように現われて、それに出逢うものは命を亡《うしな》うのである。そればかりでなく、その白い影は折りおりに人家へも忍び込んで来て、若い娘を招き去るのである。招かれた娘のゆくえは判らない。彼女は姜氏の幽魂に導かれて、おなじ渾
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