顔の色はまだ蒼ざめていた。
「病人、悪くなったのではありません。」と、李太郎は説明した。
しかし彼の顔色も少し穏かでないのが、堀部君の注意をひいた。
「じゃ、どうしたんだ。」
「雪の姑娘《クーニャン》、来るかも知れません。」
「なんだ、雪の姑娘というのは……。」
雪の姑娘――日本でいえば、雪女とか雪女郎とかいう意味であるらしい。堀部君は不思議そうに相手の顔を見つめていると、李太郎は小声で答えた。
「雪の娘――鬼子《コイツ》であります。」
「幽霊か。」と、堀部君もいよいよ眉《まゆ》を皺《しわ》めた。「そんか化け物が出るのか。」
「化け物、出ることあります。」と、李太郎は又ささやいた。「ここの家、三年前にも娘を取られました。」
「娘を取る……。その化け物が……。おかしいな。ほんとうかい。」
「嘘ありません。」
なるほど嘘でもないらしい。死んだ者のように黙っている老人の蒼い顔には、強い強い恐怖の色が浮かんでいた。堀部君もしばらく黙って考えていた。
二
雪の娘――幾年か満洲に住んでいる堀部君も、かつてそんな話を聞いたことはなかったが、今夜はじめてその説明を李太郎の口から聞
前へ
次へ
全23ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング