《リートー》というのが本名であるが、堀部君の店では日本式に李太郎と呼びならわしていた。
「劉家《リューツェー》、遠いあります。」と、李太郎も白い息をふきながら答えた。「しかし、ここらに客桟《コーチェン》ありません。」
「宿屋は勿論あるまいよ。だが、どこかの家で泊めてくれるだろう。どんた穢《きたな》い家でも今夜は我慢するよ。この先の村へはいったら訊《き》いて見てくれ。」
「よろしい、判りました。」
二人はだんだんに烈しくなって来る粉雪のなかを衝いて、俯向《うつむ》きがちにあえぎながら歩いて行くと、葉のない楊《やなぎ》に囲まれた小さい村の入口にたどり着いた。大きい木のかげに堀部君を休ませて置いて、李太郎はその村へ駈け込んで行ったが、やがて引っ返して来て、一軒の家を見つけたと手柄顔に報告した。
「泊めてくれる家《うち》、すぐ見付けました。家の人、たいそう親切あります。家は綺麗、不乾浄《プーカンジン》ありません。」
縞麗でも穢くても大抵のことは我慢する覚悟で、堀部君は彼に誘われて行くと、それは石の井戸を前にした家で、ここらとしてはまず見苦しくない外構えであった。外套の雪を払いながら、堀部君
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