たい。李太郎、お前も手伝ってなにか温かいものを拵《こしら》えてくれないか。」と、堀部君は寒気と疲労と空腹とにがっかりしながら言った。
「よろしい、よろしい。」
 李太郎も老人に頼んで、高梁《コーリャン》の粥《かゆ》を炊いてもらうことになった。彼は手伝って土竈の下を焚き始めた。その煙りがこちらの部屋まで流れ込んで来るので、堀部君は慌てて入口の戸を閉めたが、何分にも寒くて仕様がないので、再びその戸をあけて出て、自分も竃《へっつい》の前にかがんでしまった。
 老人が堀部君を歓待したのは子細《しさい》のあることで、彼は男女三人の子供をもっているが、長男は営口の方へ出稼ぎに行って、それから更に上海へ移って外国人の店に雇われている。次男は奉天へ行って日本人のホテルに働いている。そういう事情から、彼は外国人に対しても自然に好意をもっている。殊に奉天のホテルでは次男を可愛がってくれるというので、日本人に対しては特別の親しみをもっているのであった。その話をきいて、堀部君はいい家へ泊り合せたと思った。粥は高梁の中へ豚の肉を入れたもので、その煮えるのを待ちかねて四、五椀すすり込むと、堀部君のひたいには汗がにじみ出して来た。
「やれ、ありがたい。これで生き返った。」
 ほっと息をついて元の部屋へ戻ると、李太郎は竈の下の燃えさしを持って来て、寝床の煖炉《だんろ》に入れてくれた。老人も枯れた高梁の枝をかかえて来て、惜し気もなしに炉の中へたくさん押込んだ。
「多謝《トーシェー》、多謝。」
 堀部君はしきりに礼を言いながら、炉のあたたまる間、テーブルの前に腰をおろすと、老人も来ていろいろの話をはじめた。ここの家は主人夫婦と、ことし十三になる娘と、別棟に住んでいる雇人二人と、現在のところでは一家内あわせて五人暮らしであるのに、その三人が枕に就いているので、働くものは老人と小娘に過ぎない。仕事のない冬の季節であるからいいようなものの、ほかの季節であったらどうすることも出来ないと、老人は顔を陰らせながら話した。それを気の毒そうに聞いているうちに、外の吹雪はいよいよ暴れて来たらしく、窓の戸をゆする風の音がすさまじく聞えた。
 ここらの農家では夜も灯をともさないのが習いで、ふだんならば火縄を吊るしておくに過ぎないのであるが、今夜は客への歓待《かんたい》ぶりに一挺の蝋燭《ろうそく》がテーブルの上にともされてい
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