。井田さんの髪の毛を掻きむしったり、母の髻《たぶさ》を掴んだりしたのも、何者の仕業《しわざ》だか判りません。いかがなものでしょう。」
「まったく判りませんな。」
 青蛙堂主人も溜息まじりに答えた。
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   蛇精《じゃせい》


     一

 第五の男は語る。

 わたしの郷里には蛇に関する一種の怪談が伝えられている。勿論、蛇と怪談とは離れられない因縁になっていて、蛇に魅《みこ》まれたとか、蛇に祟《たた》られたとかいうたぐいの怪談は、むかしから数え尽されないほどであるが、これからお話をするのは、その種の怪談と少しく類を異《こと》にするものだと思ってもらいたい。
 わたしの郷里は九州の片山里《かたやまざと》で、山に近いのと気候のあたたかいのとで蛇の類がすこぶる多い。しかしその種類は普通の青大将や、やまかがし[#「やまかがし」に傍点]や、なめら[#「なめら」に傍点]や、地もぐり[#「地もぐり」に傍点]のたぐいで、人に害を加えるようなものは少ない。蝮《まむし》に咬まれたという噂を折りおりに聞くが、かのおそろしいはぶ[#「はぶ」に傍点]などは棲んでいない。蠎蛇《うわばみ》には
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