ますと、孝平も青くなって慄《ふる》えあがりました。こんなものを残しておくのはよくないから、いっそ打毀《ぶちこわ》して焚いてしまおうと父が言いますと、もともと十五銭で買ったものですから、孝平にも異存はありません。父と二人で庭先へ出て、その仮面をいくつにも叩き割って、火をかけてすっかり焼いた上で、その灰は隅田川に流してしまいました。
「それにしても、その古道具屋というのは変な奴ですね。あなたに面を売ったのと同じ人間だかどうだか、念のために調べて見ようじゃありませんか。」
 孝平は父を誘い出して、その晩わざわざ山の手まで登って行きましたが、四谷の大通りにそんな古道具屋の夜店は出ていませんでした。ここの処に出ていたと孝平の教えた場所は、丁度かの井田さんの質屋のそばであったので、さすがの父もなんだかいやな心持になったそうです。母はその後どうということもありませんでしたが、だんだんにからだが弱くなりまして、それから三年目に亡くなりました。

「お話はこれだけでございます。その猿の眼には何か薬でも塗ってあったのではないかと言う人もありましたが、それにしても、その仮面が消えたり出たりしたのが判りません
前へ 次へ
全256ページ中89ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング