ちゃあ困るよ。」
父も母もそれぎり寝てしまったようですが、わたくしはいよいよ怖くなって寝られませんでした。ほんとうにお化けが出たのかしら。こんな晩だからお化けが出ないとも限らない。そう思うと眼が冴えて、小さい胸に動悸を打って、とても再び眠ることは出来ません。
早く夜が明けてくれればいいと祈っていると、浅草の鐘が二時を撞く。その途端に離れの方では、何かどたばたいうような音がまた聞えたので、わたくしははっと思って、髪のこわれるのもいとわずに、あたまから夜具を引っかぶって小さくなっていますと、父も母もこの物音で眼をさましたようです。
「また何か騒ぎ出したのか。どうも困るな。」
父は口叱言《くちこごと》を言いながら再び手燭をつけて出ましたが、急におどろいたような声を出して、母をよびました。母もおどろいて縁側へ出たかと思うと、また引っ返してあわただしく行燈《あんどん》をつけました。どうも唯事ではないらしいので、わたくしも竦《すく》んでばかりいられなくなって、怖いもの見たさに夜具からそっと首を出しますと、父は雨にぬれながら井田さんを抱え込んで来ました。
井田さんは、真っ蒼になって、ただ黙っ
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