怖いような晩だと思いながら、わたくしは寝床へはいっていつかうとうとと眠りますと、やがて父と母との話し声で眼がさめました。
「井田さんはどうかしたんでしょうか。」と、母が不安らしく言いますと、「なんだかうなっているようだな。」と、父も不審そうに言っています。
それを聴いて、わたくしはまたにわかに怖くなりました。夜がふけて、雨や風や浪の音はいよいよ高くきこえます。
「ともかくも行ってみよう。」
父は枕もとの手燭《てしょく》をとぼして、縁側へ出ました。母も床の上に起き直って様子をうかがっているようです。離れといっても、すぐそこの庭先にあるので、父は傘もささないで出て行って、離れへはいって何か井田さんと話しているようでしたが、雨風の音に消されてよくも聞えませんでした。そのうちに父は帰って来て、笑いながら母に話していました。
「井田さんも若いな。何かあの座敷に化物《ばけもの》が出たというのだ。冗談じゃあない。」
「まあ、どうしたんでしょう。」
母は半信半疑のように考えていると、父はまた笑いました。
「若いといっても、もう二十二だ。子供じゃあない。つまらないことを言って、夜なかに人騒がせをし
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