前にそびえている。いくら土地の勝手を知っていても、この暗がりに石門をくぐってゆくほどの勇気はないので、僕はあきらめて立ち停まった。
路はいよいよ暗くなったので、僕は顔なじみの茶屋から提灯を借りて、雨のなかを下山した。雨具をつけていない僕は頭からびしょ濡れになって、宿へ帰りつく頃には骨まで凍りそうになってしまった。宿でも僕の帰りの遅いのを心配して、そこらまで迎えに出ようかと言っているところであったので、みんなも安心してすぐに炉のそばへ連れて行ってくれた。ぬれた身体を焚火にあたためて、僕は初めてほっとしたが、赤座に対する不安は大きい石のように僕の胸を重くした。僕の話をきいて宿の者も顔をしかめたが、その中には、こんな解釈をくだすものもあった。
「そういうお宗旨の人ならば、なにかの行《ぎょう》をするために、わざわざ暗い時刻に山へ登ったのかも知れません。山伏や行者のような人は時々にそんなことをしますから。」
二月の大雪のなかを第二の石門まで登って行った行者のあったことを宿の者は話した。しかしさっき出逢ったときの赤座の様子から考えると、彼はそんな行者のような難行苦行をする人間らしくも思われなか
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