その途中から俄雨に出逢ったので、よんどころなしに或る料理屋へ飛び込んで、二時間ばかり雨やみを待っているあいだに、赤座は妹の身の上についてこんなことを話した。
「こんな者でも相応なところから嫁に貰いたいと申込んで来るが、何しろ此女《これ》がいなくなると僕が困るからね。この女《こ》も僕の家内がきまるまでは他へ縁付かないと言っている。ところで、僕の家内というのがまたちょっと見つからない。いや、今までにも二、三人の候補者を推薦されたが、どうも気に入ったのがないんでね。なにしろ、僕の家内という以上、どうしても同じ信仰をもった者でなければならない。身分や容貌《きりょう》などはどうでもいいんだが、さてその信仰の強い女というのが容易に見あたらないので困っている。」
彼は最初の煩悶からまったく解脱《げだつ》して、今ではその教義に自分の信仰を傾けているらしかった。しかし、とうてい教化の見込みはないと思ったのか、僕に対しては、その教義の宣伝を試みたことはなかった。東京の桜がみんな青葉になった頃に、赤座兄妹は僕に見送られて上野を出発した。
それぎりで、僕はこの兄妹に出逢うことが出来なかったのか、それとも重
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