平助は座頭の死骸を近所の寺へ葬った。勿論、かの針も一緒にうずめた。平助は正直者であるので、座頭が形見の小判五枚には手を触れず、すべて永代《えいたい》の回向《えこう》料としてその寺に納めてしまった。
それから六年、かの座頭がこの渡し場に初めてその姿をあらわしてから十一年目の秋である。八月の末に霖雨《りんう》が降りつづいたので、利根川は出水して沿岸の村々はみな浸された。平助の小屋も押し流された。それがために房川の船渡しは十日あまりも止っていたが、九月になって秋晴れの日がつづいたので、ようやく船を出すことになると、両岸の栗橋と古河とにつかえていた上り下りの旅人は川のあくのを待ちかねて、さきを争って一度に乗り出した。
「あぶねえぞ、気をつけろよ。水はまだほんとうに引いていねえのに、どの船もみんないっぱいだからな。」
平助じいさんは岸に立ってしきりに注意していると、古河の方から漕ぎ出した一艘の船はまだ幾間も進まないうちに、強い横波のあおりをうけて、あれという間に転覆した。平助のいう通り水はまだほんとうに引いていないので、船頭どものほかにも村々の若い者らが用心のために出張《でば》っていたので、
前へ
次へ
全256ページ中43ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング