へ出て行って、上《のぼ》り下《くだ》りの旅人を一々にあらためていましたが、野村とも彦右衛門ともいう者にどうしても出逢わないうちに、自分の命が終ることになりました。いや、こんなことは自分の胸ひとつに納めておけばよいのですが、誰かに一度は話しておきたいような気もしましたので、とんだ長話をしてしまいました。かえすがえすもお前さんには御世話になりました。あらためてお礼を申します。」
言うだけのことを言ってしまって、彼はにわかに疲労したらく、そのまま横向きになって木枕に顔を押し付けた。平助も黙って自分の寝床にはいった。
夜半から雪もやみ、風もだんだんに吹きやんで、この一軒家をおどろかすものもなかった。利根の川水も凍ったように、流れの音を立てなかった。
河原の朝は早く明けて、平助はいつもの通りに眼をさますと、病人はしずかに眠っているらしかった。あまり静かなので、すこし不安に思って覗いてみると、座頭はかの針で自分の頸《くび》すじを突いていた。多年その道の修業を積んでいるので、彼は脈どころの急所を知っていたらしく、ただ一本の針で安々と死んでいるのであった。
他の船頭どもにも手伝ってもらって、
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