るが、これはお礼のおしるしまでに差上げたいと言って、自分の腰から袋入りの笛をとり出して弥次右衛門にささげた。
「これは世にたぐいなき物でござる。しかし、くれぐれも心《こころ》して、わたくしのような終りを取らぬようになされませ。」
彼は謎のような一句を残して死んだ。弥次右衛門はその生国《しょうこく》や姓名を訊いたが、彼は頭《かぶり》を振って答えなかった。これも何かの因縁であろうと思ったので、弥次右衛門はその亡骸《なきがら》の始末をして、自分の菩提寺に葬ってやった。
身許不明の四国遍路が形見《かたみ》にのこした笛は、まったく世にたぐい稀なる名管であった。彼がどうしてこんなものを持っていたのかと、弥次右衛門も頗る不審に思ったが、いずれにしても偶然の出来事から意外の宝を獲たのをよろこんで、彼はその笛を大切に秘蔵していると、それから半年ほど後のことである。弥次右衛門がきょうも菩提寺に参詣して、さきに四国遍路を発見した田圃なかに差しかかると、ひとりの旅すがたの若侍が彼を待ち受けているように立っていた。
「御貴殿は石見弥次右衛門殿でござるか。」と、若侍は近寄って声をかけた。
左様でござると答え
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