に茂る芒のあいだから洩れて来るのであった。自分とおなじように今夜の月に浮かれて出て、夜露にぬれながら吹き楽しむ者があるのか、さりとは心憎いことであると、喜兵衛はぬき足をして芒叢《すすきむら》のほとりに忍びよると、そこには破筵《やれむしろ》を張った低い小屋がある。いわゆる蒲鉾《かまぼこ》小屋で、そこに住んでいる者は宿無しの乞食であることを喜兵衛は知っていた。
 そこからこういう音色の洩れて来ようとは頗る意外に感じられたので、喜兵衛は不審そうに立停まった。
「まさかに狐や狸めがおれをだますのでもあるまい。」
 こっちの好きに付け込んで、狐か川獺《かわうそ》が悪いたずらをするのかとも疑ったが、喜兵衛も武士である。腰には家重代の長曽弥虎徹《ながそねこてつ》をさしている。なにかの変化《へんげ》であったらば一刀に斬って捨てるまでだと度胸をすえて、彼はひと叢しげる芒をかきわけて行くと、小屋の入口のむしろをあげて、ひとりの男が坐りながらに笛を吹いていた。
「これ、これ。」
 声をかけられて、男は笛を吹きやめた。そうして、油断しないような身構えをして、そこに立っている喜兵衛をみあげた。
 月のひかりに照
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