としたのである。
泥草履で真っこうをうたれて、庄兵衛は赫《かっ》となった。斬ってしまって、いまさら悔む気にもなったが、毒食わば皿までと度胸をすえて、庄兵衛は死人の首にかけている財布を奪い取って逃げた。浅草寺のほとりまで来て、そっとその財布をあらためると、銭が二貫文ほどはいっているだけであった。
「こればかりのことで飛んだ罪を作った。」と、彼はいよいよ後悔した。
しかし今の身の上では二貫文の銭《ぜに》も大切である。庄兵衛はその銭を懐ろにして家へ帰ったが、生れてから初めて斬取《きりと》り強盗を働いたのであるから、なんだか気が咎めてならない。万一の詮議に逢った時にその証拠を残しておいてはならないと思ったので、かれは燈火《あかり》の下で刀の血を丁寧に拭《ぬぐ》おうとしていると、お冬がそばから覗き込んだ。
「もし、それは人の血ではござりませぬか。」
「むむ、途中で追剥ぎに出逢ったので、一太刀斬って追い払った」と、庄兵衛は自分のことを逆に話した。
お冬はうなずいて眺めていたが、やがてその刀の血を嘗《な》めさせてくれと言った。これには庄兵衛もすこし驚いたが、自分の惑溺している美しい妻の要求をし
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