は絶えず張訓の周囲に付きまとっていた。
 一方、かの闖賊《ちんぞく》は勢いますます猖獗《しょうけつ》になって、都もやがて危いという悲報が続々来るので、忠節のあつい将軍は都へむけて一部隊の援兵を送ることになった。張訓もその部隊のうちに加えられた。病気を申立てて辞退したらよかろうと、羊得はしきりにすすめたが、張訓は肯かずに出発することにした。かれは武人|気質《かたぎ》で、報国の念が強いのと、もう一つには、得体《えたい》も知れないがま[#「がま」に傍点]の怪異に悩まされて、いたずらに死を待つよりも帝城のもとに忠義の死屍を横たえた方が優《ま》しであるとも思ったからであった。かれは生きて再び還らない覚悟で、家のことなども残らず始末して出た。羊得も一緒に出発した。
 その一隊は長江を渡って、北へ進んでゆく途中、ある小さい村落に泊ることになったが、人家が少ないので、大部分は野営した。柳の多い村で、張訓も羊得も柳の大樹の下に休息していると、初秋の月のひかりが鮮《あざや》かに鎧の露を照らした。張訓の鎧はかれの妻が将軍の夢まくらに立って、とりかえてもらったものである。そんなことを考えながらうっとりと月を見
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